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人生の後半を楽しく生きる

癌の再発

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最初の自覚症状

パパさんの肺癌から4年の月日が経っていました。

肺の左下葉部分を手術で全部摘出して、そのあとは1年間、「治験」という形で、予防も含めた抗がん剤治療をしました。

腫瘍マーカーは正常値よりやや高目でしたが、先生曰く「腫瘍マーカーは、血圧みたいなもので、様々な要因で上がったり下がったりする。上り続けなければ心配ない」とのことでした。

その後も3カ月に1回のペースで通院しながら血液検査、時々CTを撮ったりという経過観察を続けていました。

そして、今年の11月で、まる5年を迎えようとしていました。

7月中頃のある日の夜、パパさんが寝室から私を呼びました。

「話がある。。。ちょっと来て」

私はリビングで片付けものをしていた手を休めて寝室へ行くと、パパさんがベッドに座って、深刻な表情でぽそりぽそりと話し始めました。

「もう、この細い脚で桃子と淳子を支えきれなくなっちゃった。。。」

私は、最初、何を言っているのか理解できませんでした。

ここ半年くらい、身体が疲れやすくてだるいこと。通勤のため、駅まで自転車をこいいでいるとき、人にぶつかりそうになること。軽いめまいがすること。そして、仕事も取引先やお客様からの電話対応で、挨拶はできるけど、つっこまれた質問をされると言葉が出て来ない。思考が停止しているような感覚になること。会議のときも、意見を求められてもまともに答えられなかったこと等々。。。

「若年性痴ほう症か、うつ病かもしれない。。。」

それを聞いたときはショックでした。

だって、それまでいたって普段通りの生活をしていましたから。

最近、休みの日は「疲れた」と言って、寝ていることが多かったけど、そこまで追い詰められた状態になっていたとは夢にも思いませんでした。

私たちは、相談した結果、仕事を少し休ませてもらうことに決めました。

「きっと、疲れがたまっていたのよ。。少し休んでリフレッシュしたら回復するかもね」

パパさんも「最近、これという運動もしていないから、プールに行って泳げばすっきりするかも」と言い、次の日、茅ケ崎市の市営プールへ出かけることにしました。

運動をしてみた

本当に久しぶりのプールでした。

「1年ぶり?」

「ここのところ、運動らしい運動ってしていなかったからなぁ」

パパさんは、クロールで50メートル。。100メートル。。とゆっくり泳ぎます。私は、水中を歩いたり、平泳ぎで少し泳いだり、ジャグジーに入ったりして時間を過ごしました。

30分くらい経った頃でしょうか。

いつもなら、もう少し長く泳ぐパパさんですが、この日は、「なんだか疲れちゃったから」ということで一旦プールから上がりました。

ジャグジーで体を温めて、その日はもう泳ぐのを止めて帰ることにしました。

次の日。

「頭が重い感じがしてすごく体調が悪い」

ってパパさんが言うのです。

えっ????

昨日泳いだことが影響している?

なにかこれまでとは違う嫌な予感がしました。

私たちは、その日、病院へ行くことにしました。

何科に行けば良い?

「何科に行くか?」という点で私たちは迷いました。

パパさんは、「精神的な疲れ、ストレスからかもしれないから心療内科へ行く」と言います。

私は、家から通いやすい心療内科を調べて連絡したところ

「その症状でしたら、まず内科を受診してみてください。そこで異常がなかったらまた連絡ください」とのこと。

ひとまず、近隣の総合病院の内科を受診することにしました。

症状を聞いた内科のお医者様は、脳の障害の可能性もあるからCTを撮りましょうとのこと。

CT検査の結果は、問題ないとのことで、私たちは家に帰るため車で自宅に向かいました。

家に戻るまでの道中で携帯電話が鳴りましたが、運転中のため後で確認することに。

自宅に着いて着信履歴を見ると、先ほど行った病院からでした。

留守電には「何度もお手間を取らせてすみませんが、至急、先生からお話があるそうなので、また病院まで来て欲しい」とのメッセージが入っていました。

すぐに私たちは、今、出てきたばかりの病院に車を走らせました。

診察室に入ると、先生は冷静かつ神妙な面持ちで、CT画像を見せながら、「脳の後ろの方に影がありました。紹介状を書くので、すぐに4年前に手術された大学病院へ行って下さい」と言われました。

緊急入院

何が何だかわかりませんでした。

4年前の癌が再発したってこと?再発予防のために、定期的に通院して、癌の検査をしていたはず。脳に癌が新たに出来たということ?転移???

内科の先生に言われた通り、その足で紹介状を持って、大学病院まで向かいました。

大学病院までは、車で40分ほどかかります。

病院へ着いた頃は、夕方でした。

私たちが、時間外診療の出入り口から入ると、パパさんは、すぐにベッドに横になるよう言われ、軽い問診の後、MRI検査になりました。

待ち時間がとても長く感じられました。

「緊急入院になります。入院のご案内や、集中治療室のベッドの準備が終わるまで、ご家族の方は、このままお待ち下さい」

暫くして、MRI検査からパパさんが戻ってきました。

その後、当番医の呼吸器外科の先生が来られて

「場所が…ちょっと。根幹の脳幹部分に腫瘍ができています。呼吸中枢とか大事な機能が集まるところで、大変難しいところです。これ以上広がらない処置をしていきます。点滴でステロイド系の薬を投与して、脳の圧迫を抑えます。」

「難しいって、これ以上広がらない処置って、、、延命治療ってこと?もう命は、厳しいってことですか?」

先生は静かに頷きました。

「治療方法がないこともないですが…」

ああ。。

私は涙と一緒に、行き場のない痛みを感じて呆然としました。

カーテン越しにその様子を聞いていたパパさん。

今は、お医者様が本人にも伝えるのですね。

パパさんにも、少し柔らかい言い方でしたが同じことを伝えました。

パパさんは、点滴を打ちながら、トイレにも歩いてはいけないと言われ、ベッドに横たわっています。集中治療室への準備ができる間、3時間くらい待ちました。

二人目を合わせると涙が出て泣いてしまいます。

「俺、カーテン越しに先生が淳子に話していたこと、聞こえちゃったんだよ。もう命がないってことだな。。。」

呆然としながらも、これからどうしなきゃということを考えていました。

今日、入院になると思っていなかったので、なんの準備もしてきませんでした。

まずは、会社、仕事関係、明日からすぐに影響が出そうな人に電話をしました。一旦、集中治療室に入ってしまったら、スマホもパソコンも持ち込めませんからね。

パパさんには二つ上にお兄さんがいます。

私は、事務関係の人から、入院手続きの書類の説明を受けていましたが、横でパパさんがお兄さんに「もう手遅れみたい。淳子と桃子を頼む」と電話している声が聞こえてきました。

その日、病院を出たのは夜の12時近くでした。

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